城は見るだけ…歩くだけ!N02 (史跡訪門)


  本松山

高月院
 
 
    愛知県豊田市松平町字寒ケ入44番地                      2012/01/02  訪問
 

 浄土宗
  松平家菩提寺

 

     徳川家の祖先松平氏は、西山河地方の山間地、松平郷(豊田市)に土着した土豪であった。
     
     約600年ほど昔、徳阿弥という旅の遊行僧が松平郷の太郎左衛門家の娘婿となり、親氏と名乗ったのが松平氏の初代となった。
 
     高月院は本松山高月院寂静寺と称し、貞治6年(1367)松平家の菩提寺として創建。当初は修験の寺であったようだ。
 
     本堂の北西には葵の紋が刻まれた石扉が見え、石垣に囲まれた墓所がある。中央に初代親氏、右に二代泰親、左に四代親忠夫人の墓石が並んでいる。

     知恩院の住持にもなった超誉存牛は、四代親忠の子で、高月院の歴代の1人。
   
     総門に立って山門、本堂をみたところが美しい寺だ。本堂に上がってみると普通の寺とどこかが違う。内陣と下陣がまっ平らで結界もない。

     しかも鶯張りの板縁がめぐらされている。当院は、松平氏の館跡から約300メートル東にのぼった山麓にあり、昔、館が攻められた時などは、

     高月院へ逃げたことが何回となくあったと伝えられている。あらためて山門の石垣と本堂をみると、城郭造りのようにみえた。
 
                                                 名古屋鉄道東岡崎駅から足助線バス九久平下車。さらに、タクシーで約10分。
            (浄土宗新聞 平成元年4月号より)

  
     
            
                 
     


                                                                         


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